トヨタ自動車は本当に緊張感が足りず、慢心しているのか?
ちょっとだけ古い話なのですが、話題にしてみたいと思います。
今年の年始早々、トヨタグループ(愛知製鋼)の爆発事故が起こりました。
非常に重大な事故であったにもかかわらず、
この事故に対してのコラムはあまり見かけないですね。
ようやく見つけたコラムを読んで、私自身が思う所がありましたので、
この記事を書いてみました。
事の発端(愛知製鋼爆発事故)
2016年1月8日午後11時45分ごろ、愛知製鋼知多工場で爆発があった。
鋼材を加工する加熱炉が何らかの原因で爆発したとの事。
煙を吸うなどした男性従業員4人が病院に搬送されたが死亡事故には至っていない。この事から、加熱炉は防爆仕様になっていると思われ、爆発によって、加熱炉は使えない状況ではあるが、その他の工場内施設はある程度稼働できる状態だと推測出来る。
結果として、トヨタ自動車の工場停止に至った
結果、トヨタ自動車は、2月5日(金)までは生産調整を実施しながらも工場は稼働できた。しかし、週明けの8日(月)~13日(土)までは国内の全工場の稼働を停止させる判断に至った。
不足している部品は、愛知製鋼知多工場(東海市)で生産する特殊鋼。エンジンや変速機などに幅広く使われ、他社でも代替生産可能な素材だが、愛知製鋼以外からではトヨタが必要とする生産量を確保しにくいという。
特殊鋼を作る圧延ラインは、一度停めてしまうと、再稼働には数日かかる。ましてや爆発して修理にも時間がかかる。次に正しく生産ラインが運転できるかどうかを確認するには1~2ヶ月かかっても全くもっておかしな話ではない。
元の状態に戻すまでの期間、神戸製鋼所(神戸市)や大同特殊鋼(名古屋市)に代替生産を依頼することになったが、そもそも特殊鋼の製造ラインは代替が効かず、生産能力を簡単に増やせる設備では無いため、トヨタ自動車の国内工場全てで稼働停止となった。その間の自動車生産計画は8万~10万台であり、年度末の1番の稼ぎ時に大きなダメージとなった。
今回の愛知製鋼知多工場爆発に関しての反応
そして、下のリンクが愛知製鋼工場爆発に関する反応である。
緊張感が足りない。トヨタの慢心とのタイトルだが、この記事を読んで本当にそうなのだろうか?と疑問を持った。
マスコミからすれば、全世界自動車販売台数第1位のトヨタ自動車さまだから、そのうち大企業病がはびこり、緊張感から慢心になる構図は考えられる。
それは、勤勉なドイツ人であっても、フォルクスワーゲンの様なディゼルエンジンの不正ソフトによる見せかけの燃費といった事件を起した様に、トップを取ると慢心から凋落が始めるというストーリーは読者に納得してもらいやすい。
でも僕は本当にそう考えられるのか?過去のトヨタ自動車を取り巻く環境などから、持論を展開したい。
この『現代ビジネス記事』のサマリは以下の様にです。
- トヨタがかなりの在庫を抱えていたのでは?
- トヨタおよびグループ企業の緊張感が緩んでいる
- 自立的に動ける役員や社員が減っているのでは?
- トヨタの組織力の低下を垣間見た
- トヨタは改めて危機管理や組織風土を見直すべきでは?
- アイシン工場火災時は、契約書も指示書もないのに下請け部品メーカーが自ら動いた
では、
この上記6項目のサマリーに関して、私の見解を述べてみたいと思います。
☓1.トヨタがかなりの在庫を抱えていたのでは?
そもそもトヨタ自動車がなぜ在庫を持たないジャストインタイムという概念を持ったかというと、それは昭和25年~28年までの朝鮮戦争で、トラック生産という朝鮮特需の恩恵をトヨタは受けていたが、朝鮮戦争が停戦すると、特需が無くなり至る所に在庫の山を抱えることになり、トヨタ自動車は潰れかけた。その反省を踏まえて、豊田英二さんや大野耐一さんは、とにかく在庫を持たない製造ラインを構築する必要があるという考えに至った。
実は、その当時の様に、まだ生産の不良率が高かった時期には在庫を持たない製造は正しい思想だった。
しかし、現代では、必ずしも徹底した在庫なしという思想では成り立たないと思われる。それにはいくつかの理由がある。箇条書きにすると、
- 生産(特に部品生産)の不良率が下がり製造ムダがなくなった
- 在庫なしとすることでコストがアップする部品がある
- 自動車産業自体の成長鈍化
現在は、製造の不良率が下がった事で、在庫なしに対する生産調整が比較的簡単に出来るようになった。
そして、在庫なしとするとかえってコストアップとなる部品も存在する。その代表的な例は、今回の爆発事故の主役となっている特殊鋼です。大型の加熱炉を使うから、そう簡単に温度を上げることも下げることも出来ず、時間がかかってしまう。それを普通の切削加工部品と同じ納期で納入して下さい!と言ってもそれは無理な話である。ある程度在庫なしとするよりは生産計画を固定化してコストダウンを優先する方が理にかなっている。さらには、自動車産業自体の成長鈍化の影響も見逃せない。20年位前までのまだ自動車産業が成長している時期であれば、多少の在庫なしによるコストアップも吸収できたと思われる。しかし、現在のよりグローバルな競争が迫られている中で、コストダウンを名目とした在庫は必要であると考えるのが当然と思う。
今回の場合、爆発したのが特殊鋼を製造する加熱炉だったことが不幸だったと考えるべきで、もし、これが切削加工部品であれば、ほとんど工場停止に至らずに済んだのではと思うのです。
☓2.トヨタおよびグループ企業の緊張感が緩んでいる
爆発事故に関しては、どこに原因があって、どのように再発防止策を考えるのかが重要であるが、これは愛知製鋼内できっちり結論を出して頂きたい。
このような事は、程度の大小はあれど、人が操作している限り必ず起こることでもある。よって、『何かが起こった時のフェールセーフやバックアップがどこまで出来ているかを把握しているか?足りない部分はどこで、いつまでにそれを是正するのか』が重要だった。これは、トヨタ側に必要な整理だと思われる。
決して、緊張感で仕事をしてはいけない。緊張感で仕事をさせていると、それがパワハラになり、世間からは、ブラック企業と認定されかねない。トヨタおよびグループ企業ほどの巨大な組織で、ブラック企業認定は、今後優秀な人材が辞めていく、または採用できず企業力低下に結びつきそうに感じる。
☓3.自立的に動ける役員や社員が減っているのでは?
20年ほど前までは、大企業病というコトバがあった。最近聞かれないコトバですね。
『大企業で見られる非効率な企業体質』をいうコトバだが、全ての役員、社員が細分化された仕事をこなしているから、それ以外は自分の仕事では無いと判断してしまう。仕事内容が多岐にわたり、それがどのように絡み合っているのかを分かっている人がいないから、このような事が起こってしまう。
では、そのような人を作ればよいのかというと、それもちょっと違う気がしている。それだけの余裕がある企業は少ない。
私の結論としては、何かあった時にどんなことでも対処できるリーダーシップ力が必要だと思う。
ただし、このリーダーシップを教えるのは難しい。研修が多く、人を育てる企業風土があるトヨタ自動車でさえ、リーダーシップを教えるのは難しい問題だと思う。
では、どのようにリーダーシップを身に付けるかは、また別の機会にまとめて記事にしたいと思います。
☓4.トヨタの組織力の低下を垣間見た
これも前述の『リーダーシップを教えるのは難しい』ところから、トヨタにとっても悩みとなっている事象なのではないかと思う。
強力なリーダーシップは、自動車業界で言えば、カルロス・ゴーンさんが思いつく。
出来れば、技術畑出身の人間で、技術の事がよく分かっていて、かつリーダーシップの取れる人間がベストである。役員クラスだけでなく、部長、課長級の役職者にも、リーダーシップを持った社員が欲しいところである。
☓5.トヨタは改めて危機管理や組織風土を見直すべきでは?
今回のような特殊鋼製造は、そもそも製造できる企業はごく一部だけである。ましてや特殊鋼を作るのに必要な材料配分、プロファイル(製造上の温度、時間などの管理)を他社に教える訳にいかない重要な企業秘密である。切削加工部品であれば、部品図面を出すことは可能だろう。部品製造企業にとっては、コストを下げるためにどのような製造ラインにしているかがポイントであって、緊急時に、時間とコストは無視して作ってくれれば数量、価格に関係なく買いますとトヨタの購買部門に言われたら、世の中の数多ある試作メーカーは喜んでトヨタに納入するだろう。
おそらくコストの関係で、いままで特殊鋼の発注は、約7割が愛知製鋼であったと思われる。数字の上ではそれでも100%一社発注ではなく、3割は他社に発注していたと言うかもしれない。1番の問題は、その愛知製鋼分の製造が無くなった時にどう代替出来るかを考えていたのかである。汎用の工作機械で加工できる切削加工部品であれば、時間とコストがかかっても、協力して貰える企業が多いので、製造ラインが停まる確率は低い。
しかし、数社しか製造できないような部品または材料製造機の場合は、監視やフェールセーフや増やすなどして飛行機と同じような3重に異常検知、停止機能を付ける必要がある。トヨタ自身がグループ企業の製造ラインの重要度を提示して、そのような安全対策をして貰えるように促す必要がる。そのような考えが出来ていたのかどうかが危機管理のポイントだと思う。
☓6.アイシン工場火災時は、契約書も指示書もないのに下請け部品メーカーが自ら動いた
今から19年前のアイシン精機の工場一棟全焼事故では対応が早かったのは確かである。この工場ではブレーキ油圧を前後車輪に決められた割合で振り分けるPV(プロポーショナルバルブ)を作っていたのだが、当時このPVをほぼ全数アイシン精機にトヨタは発注していた。理由はコストである。PVは、単なる切削加工部品の部類に入るが、非常に入り組んだ加工が必要で、切削刃を変えるなどの作業が含まれるため、時間のかかる加工が必要だった。そこでアイシン精機は、この部品加工専用の工作機を製作し、PV1台当たりにかかる時間を劇的に下げた。結果圧倒的なコスト低減を実現していた。するとトヨタとしても他に発注すると高いので、アイシン精機にほぼ全数発注となっていた背景がある。
このアイシン精機事故の際は、数日のライン停止で工場再開となったが、それが実現できたのは、PVが単に切削加工部品だったからだと思う。当時は、日産自動車がトヨタの製造ライン停止は数ヶ月を要すると判断して、その分、日産車が売れると判断して増産したが結果として、トヨタグループの製造再開は早かった。
なぜそれが実現できたかというと、ブラザー工業のような普段はお付き合いのないような企業にも依頼し、切削加工機があれば一日数個かもしれないが各社製造した物をかき集め、コスト度外視してでも数を合わせ製造すればトータルで赤字にはならない状況にあったからだと思う
また、法律の観点から見ていくと、自動車製造メーカーは下請法を順守しなければならない。この下請法の一部を紹介すると、『資本金3億円を超える親事業者は、資本金3億円以下の下請け業者に対して、仕事をお願いする場合は、書面にて依頼し、注文した物品等の受領を拒むもしくは返品することは出来ない』
この下請法は、言った言わないのトラブルを避けるため、かつ下請け業者を守るためにあります。
ようするに下請け業者は、正式な発注が無ければ仕事に取り掛かってはいけないという事です。口約束では発注したことになりません。この下請法が以前にも増して厳しく社内でルール化されている事によって、自動車製造メーカーも、下請け部品メーカーも阿吽の呼吸で仕事を出来る状況ではないのです。昔と違って今の自動車製造メーカーでは、お願いする内容を明確化して書面にしてから発注となるためどうしても時間がかかってしまうのは無理の無い話しだと思う。
◯トヨタ自動車の今後の姿(まとめ)
トヨタ自動車に関して、上記『現代ビジネスの記事』にかかれていることは、昔のトヨタ自動車のイメージを当てはめているように感じてならない。
今のトヨタ自動車には、昔のやり方でやりたくてもやれない理由がいくつも有るように思います。
ある程度ブラックな仕事のやり方も昔はあったでしょうが、今はブラック企業と認定されれば、質の高い人材が確保できない等の弊害が生じるようになります。
今後、企業が発展していくための方向性やルール作りは難しいと思います。
なぜかというと、日本の企業では創業者でない人たちが社長を務めるようになっています。会社が大きければ大きいほど、会社の将来への方向性を考えるのは難しく、先送りの経営判断になりかねません。
そこで将来への方針を示すのは創業者一族の役割ではないかとも思います。
そう考えると今後、豊田章男社長の果たすべき役割は重いのかなと思います。
また、私の技術者としての考えでは、常に技術にまじめであるべきだと思います。
たとえば、早いという事は良いことですが、それが出来るだけの根拠は必要です。見切り発車は後で思わぬしっぺ返しを受けることでしょう。